首里を歩き、豆腐を味わう。茶屋首里とうふが届けたい“丁寧な暮らし”
首里城を訪れたあと、そのまま帰るのは少しもったいないかもしれません。
龍潭通りを歩けば、小さな焼き菓子店や工房、地元の人に愛される飲食店が並びます。
その一角にあるのが「茶屋首里とうふ」。
できたての島豆腐を味わいながら、首里というまちの時間をゆっくり感じられる場所です。
創業から58年。
「照屋食品」から「首里とうふ」へと社名を変えた背景には、地域への感謝と、島豆腐文化を未来へ残したいという強い想いがありました。
照屋さんの言葉から見えてきたのは、単なる老舗豆腐店の物語ではなく、「首里の暮らしを未来へつなぐ挑戦」でした。

照屋 ゆきの さん
株式会社首里とうふ 代表取締役
1969年創業の島豆腐メーカー「首里とうふ」の代表。2026年、「照屋食品」から「首里とうふ」へ社名変更を実施。直営店「茶屋首里とうふ」を通して、島豆腐文化を未来へつなぐ取り組みを続けている。
首里城の帰り道、少しだけ寄り道してみませんか

「首里のまちを、もっと歩いてほしいんです」
取材のなかで、照屋さんが何度も口にした言葉です。
首里と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのは首里城かもしれません。しかし、照屋さんが見てほしいのはそれだけではありません。
龍潭通りを歩けば、小さな焼き菓子店や琉球料理店、昔ながらの風情に出会えます。車で通り過ぎるだけでは気づけない、首里の日常の景色があります。
「首里城に行って、そのまま中部や北部へ向かうのではなくて、この通りを散策してほしいんです。歩かないと気づかない素敵なお店がたくさんあるんですよ」
近年は「首里の朝市」もにぎわいを見せ、前回は約7,000人が訪れたそうです。地域では観光客と地元の暮らしが共存できるよう、ゴミ箱の設置やまち歩きのルールづくりなども話し合われています。
観光地としての首里ではなく、人が暮らし、商いを続けてきた首里。
茶屋首里とうふは、そのまちの中に生まれた新しい立ち寄り場所です。
「首里とうふ」に込めた、58年分のありがとう

2026年、照屋食品は「首里とうふ」へと社名を変更しました。
創業当時は照屋豆腐。その後、照屋食品となり、長い間愛されてきました。そして現在の首里とうふへ。昔から続いてきた屋号を変えることは、簡単な決断ではありませんでした。
きっかけの一つは、量販店でのポップアップストアに出店していた時のこと。
「『どこの豆腐屋さんですか?』と聞かれて、『照屋食品です』と答えても伝わらないことがあったんです。でも『首里とうふです』と言うと、『ああ、首里とうふね』と言っていただけることが多くて」
その時、照屋さんは気づきました。
首里とうふという名前は、すでに地域の人たちの暮らしの中に根づいていたのだと。
「58年続けてこられたのは、お客様のおかげです。だから商品名だけではなく、会社名にも“首里”を入れたいと思いました」
一方で、迷いもあったといいます。
照屋さんは創業者の娘ではなく、お嫁さんという立場。義父である創業者を亡くし、その後、ご主人も病気で他界。突然、会社を背負うことになりました。
「老舗の名前を変えていいのか、本当に悩みました」
けれど、会社を守るのは自分しかいない。そう腹をくくった時、背中を押してくれたのは義母のひと言でした。
「あんたの好きなようにしたらいいさー」
拍子抜けするほど軽やかな言葉だったと、照屋さんは笑います。
現在のロゴに使われている文字は、ご主人が20代の頃に書いたもの。
その文字だけは、どうしても残したかった。
「社名は変わっても、スタートは照屋食品なんです」
変えるものと、残すもの。
その両方を大切にした社名変更だったのです。
消えかけた“あちこーこー豆腐”を復活させた理由

沖縄の島豆腐文化を語るうえで欠かせないのが、できたての温かい「あちこーこー豆腐」です。
けれど首里とうふは2021年、豆腐販売に関する法改正を受け、スーパーなど量販店でのあちこーこー豆腐販売から撤退しました。
納品時に55度以上を保つこと。
販売開始から3時間以内に売り場から下げること。
衛生基準の変更により、販売には厳しい条件が設けられました。
「レジを通った分しか売上にならない。さらには、時間が過ぎた豆腐は下げて、翌日回収して廃棄しなければならないんです」
職人が汗を流して作った豆腐が、売れ残れば廃棄になる。その現実を前に、照屋さんは悩みました。
「こんなに一生懸命作ったものを、なぜ捨てなければならないのかと思いました」
売上は大きく下がる。それでも、会社を守るために撤退を決断しました。
ところが、販売をやめてからも問い合わせは続きました。
「あちこーこー豆腐はもう食べられないんですか?」
「どこかで買えませんか?」
その声は4年経っても止まらなかったそうです。
「その時に気づいたんです。首里とうふは、私たちだけの会社じゃないんだなって」
地域の人たちの記憶の中に、あちこーこー豆腐は残っていました。
だからこそ、自社で管理できる直営店なら、もう一度届けられるかもしれない。
その想いが「茶屋首里とうふ」の誕生につながっていきました。
工場から3分。できたての島豆腐が味わえる場所

2026年1月、茶屋首里とうふがオープンしました。
工場から店舗までは車で3分。
できたての島豆腐を、その場で味わうことができます。
「県内の人でも、本当のできたてを食べたことがある人は意外と少ないんですよ」
スーパーで買って家に持ち帰る頃には、できたての温度や香りは少しずつ変わっていきます。けれど茶屋では、工場から届いたばかりの豆腐を味わえる。
「魚と同じように、豆腐も鮮度が命なんです」
調味料をかけなくても、素材の味を感じられる島豆腐。そのおいしさを、まずは店内で体験してほしいと照屋さんは話します。
県外から訪れる人にとっては、沖縄の食文化に触れる入口にもなります。
観光の途中で立ち寄り、できたてを食べる。気に入ったら買って帰る。遠方の人には発送する。
茶屋首里とうふは、豆腐を売るだけの場所ではありません。
島豆腐の魅力を体験し、首里のまちを知るための発信基地なのです。
「もったいない」から始まった、おからちんすこう

照屋さんが代表になってから、まず向き合ったのは製造現場でした。
「製造のことも機械のことも分からない人が代表でいいのかと思って、白衣を着て、現場に入りました」
1か月ほど工場に入り、製造工程を一つひとつ学ぶ中で、照屋さんはある現実を知ります。大量に廃棄されるおからです。
「こんなに栄養価が高いのに、もったいないと思ったんです」
その想いから始まったのが、おからを使った商品開発でした。
新垣カミ菓子店と協力して生まれたのが「おからちんすこう」。学校給食にも採用され、メディアにも取り上げられました。
「SDGsを掲げる会社はたくさんありますが、実際に商品化しているところはまだ少ないと言われました」
おからちんすこうの反響は、照屋さんにとって大きな自信になりました。そこから、サーターアンダギーやグッズ展開など、豆腐の可能性は少しずつ広がっていきます。
「NO TOFU, NO LIFE」
Tシャツやサコッシュ、ゆし豆腐女子などのユーモア溢れるデザインには、豆腐をただ作って売るのではなく、暮らしの中で楽しめる文化にしていく決意が込められています。
そこに、首里とうふらしい挑戦があるのです。
島豆腐を100年先へ。首里とうふの挑戦

「私たちは島豆腐文化を守らなければならないと思っています」
照屋さんの言葉には、強い使命感がありました。
沖縄に根付いてきた島豆腐文化。
けれど、県内の豆腐店は少しずつ減っています。このままでは、島豆腐という食文化そのものが失われてしまうかもしれない。
だからこそ、まずは知ってもらうこと。
県内だけでなく、県外へ、そして海外へ。
島豆腐の認知を広げていく必要があると照屋さんは話します。
「アグー豚もそうですよね。食べる機会は多くなくても、認知度は高い。島豆腐も、そういう市場をつくっていかなければならないと思っています」
茶屋首里とうふは、そのための一歩です。
できたてを味わう体験。
首里のまちを歩く時間。
おからちんすこうやグッズを通した新しい接点。
どれも、島豆腐を次の世代へ渡すための挑戦です。
「次の世代にバトンを渡さないといけない」
その言葉には、老舗としての誇りと、未来への責任が込められていました。
首里のまちを味わう休日へ。

首里城を訪れたあと、少しだけ遠回りをしてみる。
龍潭通りを歩き、小さなお店をのぞき、茶屋首里とうふでできたての島豆腐を味わう。
そんな時間は、忙しい毎日の中では少し贅沢に感じるかもしれません。
けれど、首里とうふが届けようとしているのは、まさにその“贅沢な余白”です。
一丁の豆腐の向こうには、58年続く歴史があります。
首里というまちがあります。
そして、それを未来へ残そうとする人たちの想いがあります。
ゆっくり、じっくり。
首里のまちを歩きながら島豆腐を味わう時間は、私たちに「丁寧な暮らし」の豊かさを思い出させてくれるのかもしれません。
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茶屋 首里とうふ
住所:〒903-0805 沖縄県那覇市首里鳥堀町1丁目11−5
営業時間:10時〜18時 (水曜定休)
HP:https://www.teruya-tofu.com/
Instagram:@chayashuri1
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取材・文/新垣 隆磨