なぜお墓でピクニック!? 副住職が語る、沖縄の清明祭が大切にしていること
春になると、沖縄のお墓では不思議な光景が広がります。家族が集まり、重箱を囲んで、お酒を飲み、笑い声が響く。まるでピクニックのような時間。これが、沖縄の伝統行事「清明祭(シーミー)」です。でも、なぜお墓でピクニック? 重箱の中身は? お墓でのマナーは? そして、清明祭は仏教行事なのか──。琉球王朝時代の天順年間(1457〜1465年)から続く高明山神徳寺の副住職、仲尾次盛昭さんに話を伺うと、意外な事実が次々と明らかになりました。「清明祭は、仏教行事ではないんです」。沖縄の人も知らない、清明祭の本当の意味とは。

仲尾次 盛昭 さん
高明山神徳寺 副住職
琉球王朝時代の天順年間(1457〜1465年)から続く、歴史あるお寺で副住職を務める。高野山でも修行した経験を持ち、真言宗の僧侶として法事や葬儀を執り行う傍ら、沖縄の伝統行事についても幅広い知識を持つ。「清明祭は仏教行事ではないが、ご先祖様を大切にする行事として大切にしてほしい」という想いを持ち、丁寧に歴史や意味を伝えている。
「清明祭は、仏教行事ではない!?」
取材の冒頭、仲尾次さんは少し申し訳なさそうにこう切り出しました。
「実は、清明祭は仏教行事ではないんです」
え?仏教行事じゃない?
「はい。僧侶として法事や葬儀についてはお話しできるんですが、清明祭に関しては、自分が知っている知識と、他の住職たちから聞いた話をもとにお伝えすることになります」
清明祭は、沖縄の春の風物詩。お墓に家族が集まり、重箱を囲んで過ごす伝統行事として、多くの人が「仏教行事」だと思っています。かくいう筆者もそのひとり。
しかし、その起源は別のところにありました。
18世紀、中国から沖縄へ。農業祈願がご先祖供養に
清明祭のルーツは、中国にあります。
「もともと中国伝来のもので、沖縄に伝わったのは18世紀頃と言われています。久米三十六姓と呼ばれる久米村に住んでいた中国からの移住者たちから広がったのではないか、という説があります」
中国には「二十四節気」という暦の読み方があり、その中の一つが「清明節」。春の清明の節に、農業の始まりにあたって豊作を願い、祭祀を行ったとされています。
「それをお墓でやっていたという説もあります。みんなでお祭り騒ぎをして、ご飯を食べて、お酒を飲んで。そこから、いつしかご先祖様を供養する形になっていったんではないでしょうか」
農業祈願から、ご先祖供養へ。
「ご先祖様を大切にするというのは、悪いことではないですよね。自分たちの先祖を敬うことですから、それが強くなっていったのが、今の清明祭の起源と考えられています」
重箱の中身は、もともと宮廷料理だった

清明祭といえば、重箱。三枚肉、かまぼこ、天ぷら、昆布、豆腐。色とりどりの料理が詰められています。
「重箱の中身は、もともと沖縄の宮廷料理なんです。つまり当時のご馳走ですね。今日は特別な日だから、ご馳走をみんなで食べてワイワイする。それが大切なんです」
中国の清明節でも、お供え物を持っていく習慣はありますが、中身は違うそうです。
「中国では草団子、青団子みたいなものを持っていくそうです。沖縄の重箱とは違いますね」
本土のおせち料理が重箱に詰められるように、沖縄では清明祭の料理が重箱に。中身は違えど、「ご馳走を詰める」という文化は共通しています。
やってない地域も?──離島や最南端の話
「面白いのは、清明祭は沖縄全域でやっているわけではない、ということです」
え、やってない地域もあるんですか?
「はい。離島ではやってないところもあります。それから、本島でも最南端のあたりではやってない地域もあったそうです」
なぜ、地域差が生まれたのでしょうか。
「昔はテレビもラジオもなかったから、口伝えで広まっていくんです。でも、離島は伝わらなかった。集落がポツポツと離れていて、情報が途中の村で止まってしまったんでしょうね」
実際、とある地域出身の方が那覇に嫁いだ時、「あなたの地域では清明祭をやってなかったの!?」と嫁ぎ先のお母さんに驚かれたという話も。
「今は少しずつ浸透していると思います。本島から離島に移り住んだ人もいるでしょうし、情報も伝わりやすくなりましたから」
清明祭は「沖縄の伝統」と思われがちですが、実はごく一部の地域では行われていなかった。それもまた、沖縄の多様性を示すエピソードですね。
「ピクニックのつもりで」副住職が伝えたいこと
仏教行事ではない清明祭。では、僧侶である仲尾次さんは、どう考えているのでしょうか。
「清明祭は仏教行事ではないけれど、やるなというものではありません。ご先祖様を拝むことですから、大切なことだと思っています」
そして、こう続けます。
「ご先祖様を拝むこと、そしてみんなで仲良くワイワイご飯を食べること。みんなとの縁を大切にしているからこそ、みんなでご飯を食べてワイワイできる。それが清明祭の本質だと思うんです」
ご先祖様への感謝と、家族の縁。
「ご先祖様に『ありがとうね』『ご先祖様がいたから、自分たち元気でやってるんだよ』って、こちらからの思いを伝えられることが大切です。ご先祖様も、自分たちの子孫が集まって、楽しそうにしているのを見たら、絶対嬉しいと思うんですよ」
だからこそ、仲尾次さんは「ピクニックのつもりで」と勧めます。
「そもそも、そういうものだったらしいんです。みんなでワイワイする。仕事とかいろいろあるかもしれないけど、ピクニックとして考えてもらって。今後とも、清明祭はできる限り続けていってほしいですね」
お墓でのマナーより「注意点」──一人で行かない、お供え物は持ち帰る
「お墓でのマナーって、何かありますか?」
そう聞くと、仲尾次さんは少し考えて、こう答えました。
「マナーというより、注意点ですね」
沖縄の清明祭は、生活の一部として定着しているため、「厳格なマナー」というものはあまりないそうです。
「内地の方の方が、お墓でのマナーは詳しいかもしれません。沖縄は、良くも悪くも生活の延長線上なので」
それでも、いくつか気をつけた方がいいことがあります。
一人で行かない
「特に女性や高齢者は、一人で行かない方がいいです。沖縄のお墓は建物のように四角い構造が多くて、死角ができやすい。転んで倒れても見えないことがあります。誰かと一緒に行くようにしてください」
お供え物は持ち帰る
「お供え物は、必ず持ち帰って食べてください。ご先祖様にお供えした後、お下がりとしてみんなで食べるのが正しいやり方です。そこで放置してしまうと、虫が湧いたり、動物が来たりして荒れてしまいます」
お酒や煙草はお墓にかけない
「映画やドラマで、お墓にお酒をかけるシーンがありますが、あれは墓石を傷めます。変色したり劣化したりするので、やめた方がいいです。線香をあげる場所に煙草を置くのも、灰皿ではないので避けてください」
花瓶や湯飲みは持ち帰る
「台風が来ると、花瓶や湯飲みが飛んで割れることがあります。あとはカラスなどがイタズラして割ってしまうこともあるんです。陶器の破片が散らばると危ないので、定期的に持ち帰るようにしてください。家から同じものを持ってきて、ローテーションするご家庭もあります」
内地から移住した人は、どうすればいい?
沖縄に移住してきた人の中には、「清明祭をどうすればいいのか」と悩む人もいます。
「内地から沖縄に引っ越してきて、お墓を沖縄に建てる場合、沖縄風のお墓じゃなきゃダメかというと、そんなことはありません。今まで通りの形でも全然問題ないです」
ただ、沖縄の風習に溶け込みたい、沖縄が大好きという人もいます。
「そういう方は、沖縄のお墓の形で建てて、清明祭をやるのもいいと思います。実際、内地から移住してきて、沖縄風のお墓を買った方もいますよ」
清明祭も、無理にやる必要はない。
「でも、もし興味があるなら、試してみたらいいと思います。合う合わないは個人差がありますから」
仲尾次さんのスタンスは、とても柔軟です。沖縄のやり方を押し付けるのではなく、「やりたい人がやればいい」という考え方。それが、清明祭の本質──「家族で楽しく過ごす」ことを大切にしているからこそ、だと感じました。
リモート清明祭も──「遥拝」という考え方
「実は、中国ではリモート清明祭もあるんですよ。コロナの時、中国でも外出制限がありました。でも、清明節は大切にしたい。そこで、誰かに代理でお墓参りをしてもらって、リモートで参加するという方法が取られたそうです」
仏教には「遥拝(ようはい)」という考え方があります。
「遠く離れた場所に向かって拝むことです。僕も高野山で修行していた時、雪で行けない場所があれば、その方向に向かって手を合わせていました」
現代では、スマートフォンなどでビデオ通話が可能です。
「沖縄にお墓があって、内地で仕事をしている人。清明祭に帰りたいけど帰れない人。そういう方は、沖縄の方角に向かって、テレビ電話で現地の様子を見ながら手を合わせる。それも遥拝です」
コロナ禍では、実際にそういう形で法事や葬儀に参加した人もいたそうです。
「テレビ電話で、向こうでお線香をあげるような仕草をしてもらって、手を合わせてもらう。代わりにこちらの誰かがお線香をあげる。そういうやり方もありました」
現代のテクノロジーを使えば、遥拝はさらに身近になる。それもまた、新しい清明祭の形なのかもしれません。
ご先祖様は見ててくれる。家族の縁を大切にする時間
最後に、仲尾次さんはこう語りました。
「ご先祖様を拝むことの大切さは、この方々がいるからこそ自分たちがいる、という考え方を持つことです」
清明祭は、ご先祖様への感謝だけではありません。
「みんなで仲良くワイワイご飯を食べる。みんなとの縁を大切にする。それが清明祭の本質です」
ご先祖様の視点に立ってみると、どうでしょうか。
「自分たちの子どもたちが、孫を産んで、そのまた子ができて。子孫が繁栄していく中で、『ああ、この子たちも大きくなったんだね』『どんどん私に近づいてきたよ』って、ご先祖様はきっと嬉しいと思うんです」
お墓で、重箱を囲んで、笑い合う家族の姿。それを見てご先祖様も笑っているかもしれません。
「だからこそ、清明祭を続けていってほしい。仕事とかいろいろあるかもしれないけど、こういう機会でしかみんなで会ってワイワイできないから。なるべく行けるようにしてもらった方がいいですね」
お墓でピクニック。一見不思議な光景ですが、そこには「家族の縁を大切にする」という、沖縄の人々の温かい想いが込められています。
春の一日、ご先祖様と一緒に過ごす時間。それが、清明祭です。
取材・文/新垣 隆磨