アンパルの風が教えてくれる、“感じる心”の育て方──絵本『あんぱるぬゆんた』と暮らす時間
石垣島・名蔵アンパル。マングローブに抱かれ、潮の満ち引きとともに姿を変える湿地は、島の暮らしと祈りを映す“心のふるさと”です。かつてその美しい自然を舞台に生まれた古謡をもとに、45年前につくられた絵本『あんぱるぬゆんた』。その復刻版を手がけ、原画展や台湾展示へと活動を広げているのが、首里の八重山料理店「潭亭(たんてい)」店主・宮城礼子さんです。
忙しい毎日のなかでも、心がふっとほどける瞬間をつくる“感性の育つ暮らし方”について伺いました。

宮城 礼子さん
八重山料理 潭亭 店主
石垣島出身。専門は音楽。長年音楽活動を続け、45歳から八重山料理もスタート。15年ほどは“音楽×料理”の二刀流。
現在は首里で八重山料理店を営みつつ、名蔵アンパルの自然保全活動に参加。絵本「『あんぱるぬゆんた』復刻プロジェクト」や原画展開催、「我がーやいまの自然環境を考える会」メンバーとして活動中。
八重山料理 潭亭たんてい
https://www.yaeyamaryouritanntei.jp/
アンパルの自然と、絵本復刻のはじまり
石垣島の名蔵湾に広がる湿地帯「アンパル」。カニ、エビ、魚、鳥——多様な生きものが集まる奇跡のような自然環境です。
数年前、この地に“ゴルフ場建設”の話が浮上しました。
もっとも強く危機感を抱き立ち上がったのが、宮城さんのご主人が代表として活動していた「我がーやいまの自然環境を考える会」。この美しい景観を後世に残したい、自然を守りたいという一心で発信を続けてきました。
そんな折、45年前に出版された絵本『あんぱるぬゆんた』(八重山古謡をモチーフにした物語)の原画が提供され、 「絵本を復刻し、アンパルの自然の価値を広く伝えるために使ってほしい」 という声が届きました。
こうして、絵本の復刻プロジェクトが始動。宮城さんは途中から合流し、夫が亡くなったあとはその意思を継ぎ、現在も活動を続けています。
八重山文化の記憶を未来へ渡す

絵本の題材になった「ゆんた(労働歌)」には、八重山の人々が自然と共に生きた歴史が刻まれています。絵本に出てくる登場生物——めだかがに、のこぎりがざみ、そでがらっぱ——それぞれが役割を分担し、祝いの宴をつくりあげる姿は、まるで島の暮らしそのもの。宮城さんは、
「音楽も料理も、物語も、すべて“感性”の仕事。表現するという意味では同じ」
と語ります。
原画展は台湾へ——反響が広がる理由
絵本復刻後、原画展は那覇・八重山のほか、本土(栃木など)で4回以上開催。300名近く集まる日もあるほど好評で、観光客も多く訪れたといいます。
展示では、絵本の世界観を“絵だけ”で終わらせず、朗読や音楽演奏も組み合わせ、「感じる体験」として伝える工夫を続けてきました。
台湾での原画展計画が進んでいるのは、石垣と台湾の深い結びつきが背景にあります。食文化、人情、風習……驚くほど似ている部分が多く、八重山料理店を営む宮城さんにとっても親しみのある存在。
台湾の大学教授や台湾県人会とも繋がり、現地視察を経て実現が見えてきたといいます。
今年世界のドキュメンタリー賞のための取材を受けた際もフランス人監督にこの本を紹介したそうです。「この物語や絵は、世界に通用する作品」と高い評価を受けたことが、宮城さんの自信につながりました。
子どもたちへ「感じる心」を手渡す

絵本は、八重山高校の民謡部へ20冊寄贈されました。生徒たちは物語に踊りをつけ、全国大会での受賞へとつながり、石垣での原画展にも出演。若い世代に自然と文化が息づく瞬間を、宮城さんは何度も目にしてきました。
「今、伝えないと消えてしまう気がするんです」
自然も文化も“受け継ぐ人”がいなければ途絶えてしまう。だからこそ、料理も、絵本も、歌も、全部同じ“表現”として未来へ渡したいのだと語ります。
自然や物語に触れる時間は、決して特別である必要はありません。宮城さんは、
「感性というのは、感じる心がすべてのはじまり」
と言います。
・夜、5分だけ絵本を開いてみる
・お気に入りの音楽を流しながら読む
・物語に出てくる情景を想像してみる
・好きなページを玄関や棚に飾る
マンションの一室でも、自然や伝承に“心を寄せる時間”をつくることができます。それが毎日の暮らしの質を、そっと上向きにしてくれるはずです。
マンション暮らしでも感じられる、沖縄の自然と文化
沖縄のマンション暮らしは、都市の便利さと“静けさ”が同居しています。宮城さんが語る「感性の世界」は、この静けさと相性がとても良いものです。
・窓から入る風の匂いを感じる
・お気に入りの器で八重山料理を楽しむ
・本や絵本を数冊、手の届く場所に置く
・民話やルーツを知ることで、沖縄への理解が深まる
忙しい日々ほど、「感じる心」を取り戻す余白が必要なのかもしれません。
「感じる心を、もう一度暮らしの中心に。」
「世の中はとても便利になりました。でも、そのぶん“心で感じる”機会が減ったように思います。苦労も失敗も、感じるからこそ学びになる。効率ばかりを追う前に、まずは“感じる心”があることが大事だと思うんです。」
絵本を開くこと。料理を味わうこと。音楽に耳をすませること。そのひとつひとつが、八重山の自然と人々が大切にしてきた“感性”につながっています。
「アンパルの物語は、今日の暮らしにも息づいている。」
名蔵アンパルの自然を守る活動、絵本復刻、原画展——。宮城さんの取り組みはすべて、「感じる心」を未来へ手渡すためのもの。
マンションの暮らしの中でも、この絵本を通して心がふっとほどける時間をつくることができます。
余白ある暮らしのヒントとして、『あんぱるぬゆんた』はそっと寄り添ってくれるはずです。
取材・文/新垣 隆磨