遊びながら、ことばをつなぐ。沖縄テレビがつくった「うちなーぐちかるた」が家族に残したいもの

「あきさみよー」「でーじ」「あちこーこー」。

意味を説明するのは、少し難しい。けれど耳にすると、どこか懐かしい。

 

そんなことばが、沖縄にはたくさんあります。

 

おじぃ、おばぁの世代には日常だったうちなーぐちも、今では「聞けばわかるけれど、自分ではなかなか話せない」という人が増えました。

 

親である私たち自身が話せないのなら、子どもたちにはどうやって伝えればいいのでしょう。

 

その答えは、案外「勉強すること」ではないのかもしれません。

テーブルを囲んで、札を探して、笑って。

そんな家族の時間の真ん中に、うちなーぐちがあればいい。

 

2009年に販売が始まった沖縄テレビの「うちなーぐちかるた」には、そんな願いが込められています。

 

今回は、開発当時の営業部で制作に携わった沖縄テレビの新垣修さんと上間俊二さんに、誕生までの物語を伺いました。

 

ひとつのかるたから見えてきたのは、沖縄のことばを「残す」というよりも、暮らしの中で「使い続ける」ためのヒントでした。

この方にお話しを伺いました!

 

沖縄テレビ放送株式会社

編成制作局 局長 新垣 修さん(左)

営業局 局次長 兼 営業部 部長 上間 俊二さん(右)

今回お話を伺ったのは、「うちなーぐちかるた」の立ち上げに携わった新垣修さんと上間俊二さん。

 

新垣さんは、沖縄テレビに入社して約34年。現在は編成制作局長を務めています。

「うちなーぐちかるた」の企画が動き始めた当時は営業部に所属し、主に絵札の制作を担当。県内の専門学校との連携など、かるたのビジュアルづくりに携わりました。

 

上間さんも、当時は同じ営業部で「うちなーぐちかるた」の立ち上げに参加。読み札のアイデア出しをはじめ、さまざまな制作工程に関わりました。

 

さらに、テレビCMで耳にする三線のジングルを弾いたのも上間さん。

「ちょっと三線をかじっていたら、『じゃあ、お前やれ』って(笑)」

趣味で弾いていた三線から生まれたという、あの軽やかなメロディー。

お二人の話を聞き始めてすぐ、このかるたが、最初から堅苦しい「文化継承プロジェクト」として始まったわけではないことが伝わってきました。

なんだか面白そう。
沖縄らしいものがつくれそう。

そんな空気の中から始まったのです。

はじまりは、「沖縄版もつくったら面白いよね」

 

「うちなーぐちかるた」が販売されたのは2009年。

 

きっかけになったのは、全国各地でご当地かるたを手がけていた企業の存在を、当時の営業部が知ったことでした。

 

「全国でいろいろなご当地かるたをつくっているという情報があって。それなら沖縄版をつくってみよう、という話になったんです」

 

そう振り返る新垣さん。

 

もちろん、営業部の企画です。

 

新しい事業や収入源を考えるというビジネスとしての側面もありました。

 

ただ、もうひとつ。

 

当時から、うちなーぐちを話せる人が少なくなっているという実感もあったといいます。

 

「音の形として、うちなーぐちを残しておきたいという気持ちもありました。だったら、こういう形にするのもいいんじゃないか、と」

 

文化を残さなければ。

 

そんな大きな使命を、最初から掲げていたわけではありません。

 

面白そうだから、やってみよう。

 

でも、つくるなら沖縄らしいものを。

 

その軽やかさは、遊び道具である「かるた」と、とてもよく似合います。

「方言」ではなく、「うちなーぐち」と呼びたい

 

 

商品名は、「沖縄方言かるた」ではありません。

 

「うちなーぐちかるた」です。

 

そこにも、沖縄テレビらしい考え方がありました。

 

取材中、新垣さんが思い出したように話してくれた言葉があります。

 

「沖縄という土地の中で、独特にできたことばだから、大切にするべきだよね」

 

かつて沖縄テレビにいた先輩たちと話していたそう。

 

一般的に「方言」というと、ひとつの標準的なことばから地域ごとに枝分かれしたもの、というイメージを持つことがあります。

 

けれど沖縄のことばには、沖縄という土地で育まれてきた独自の歴史があります。

 

だから、「方言」でひとまとめにするのではなく、「うちなーぐち」と呼びたい。

 

「自分たちが強くこだわっていた、というよりも、社内に自然とそういう感覚があったんですよね」

 

名称ひとつにも、その土地のことばに対する敬意が宿っています。

 

言葉を守るというのは、大げさなことをすることではなく。

まず、その名前をきちんと呼ぶところから始まるのかもしれません。

読み札は社内から。絵札は沖縄の若い感性から

 

 

では、かるたに載せるうちなーぐちは、誰が考えたのでしょう。

実は、読み札のアイデアの多くは沖縄テレビの社員から集めたものです。

 

「当時の僕らも30代くらいですから、うちなーぐちをペラペラ話せるわけではなかったんです。だから社内で募りました」

 

いろいろな世代の社員が、「こんなことばがある」「こんな言い方をする」とアイデアを出し合う。集まった案をもとに読み札をつくり、うちなーぐちについては沖縄芝居の役者・北村三郎さんが監修しました。

 

さらに、読み上げは沖縄テレビのアナウンサーが担当。

 

イントネーションについても監修を受け、音として収録していきました。

 

そして、絵札。

 

こちらは「次の世代にも制作に関わってもらいたい」と考え、県内の専門学校・インターナショナルデザインアカデミー(IDA)へ声をかけました。

 

学生たちに読み札を渡し、

 

「このことばからイメージする沖縄を描いてください」

 

と依頼したそうです。

 

すると、若い学生たちの感性から、次々と沖縄の日常が描き出されていきました。

 

ただし、複数の学生が描けば、当然タッチも違います。

 

そこで最終的には、参加した学生のひとりが全体のイラストを描き直し、ひとつの世界観へまとめていきました。

 

新垣さんは、今でもこの絵札に強い思い入れがあります。

 

「僕は、この絵の力がすごいと思うんですよ。実際に沖縄の日常にありそうな場面が描かれている」

 

食卓の風景。

家族の姿。

昔ながらの暮らし。

 

読み札の意味だけではなく、そのことばが使われていた「景色」まで伝わってくる。

うちなーぐちを未来へ渡すためのかるたを、当時の若い世代が描いた。

今振り返ると、それもこの商品の物語のひとつです。

つくって終わりじゃない。書店で始めた、かるた大会

 

 

完成したからといって、すぐに多くの人が手に取ってくれたわけではありません。

書店に並べても、最初から大きな反響があったわけではなかったといいます。

 

「じゃあ、どうやって盛り上げようかという話になって。書店の中で、かるた大会をやったりしたんです」

 

夏休みには子どもたちを集め、店内でかるた大会。

イベント会場でも、スタッフが実際に遊び方を見せました。

今でいう体験型のプロモーションを、地道に続けていったのです。

 

そして、この「うちなーぐちかるた」には、大きな特徴があります。

 

CDが付属していること。

 

読み札を人が読むのではなく、音源をランダム再生して遊ぶこともできます。

つまり、親がうちなーぐちを話せなくても大丈夫。

正しいイントネーションを耳で聞きながら、一緒に遊べるのです。

 

「こうやって遊ぶんですよ、ということを見せながら、少しずつ広がっていった感じですね」

 

自分が話せないから、子どもにも教えられない。そう思わなくていい。

親子で一緒に、「これ、なんて意味だろう?」と覚えていけばいい。

むしろその時間こそ、ことばが次の世代へ渡っていく瞬間なのかもしれません。

子どもの頃に遊んだ人が、沖縄テレビの新入社員に

 

2009年の販売開始から、十数年。

「うちなーぐちかるた」は今も販売され、購入され続けています。

 

そして最近、開発に携わったお二人にとって、うれしい出来事がありました。

営業部に入ってきた、ひとりの新入社員。

話を聞いてみると、小さい頃から家で「うちなーぐちかるた」で遊んでいたというのです。

 

「読み札も全部覚えていますよ、くらいの感じで(笑)。そういうリアルな声を聞くと、本当に家で遊んでもらえていたんだなって思いますよね」

 

かつて、小さな手で札を取り合っていた子どもが大人になり、

そのかるたをつくった沖縄テレビへ入社する。

 

発売当時には、誰も想像していなかった未来です。

 

さらに絵札を描いた当時の学生たちも、今では大人になっています。もしかすると、その人たちの子どもが「うちなーぐちかるた」で遊んでいるかもしれない。

ひとつの遊び道具が、知らない間に世代をまたいでいく。文化を受け継ぐというのは、こういうことなのかもしれません。

沖縄を伝え続ける、テレビ局として

 

 

今回お話を伺っているうちに、「うちなーぐちかるた」だけではなく、沖縄テレビという会社そのものが、長い間沖縄のことばや文化と向き合ってきたことが見えてきました。

 

現在、編成制作局長を務める新垣さんが挙げてくれたのが、「郷土劇場」です。

 

沖縄テレビが開局した翌年、1960年から続いてきた番組で、沖縄の芸能や芝居などを届けてきました。

 

ほかにも、うちなーぐちの継承をテーマにした番組や、民謡、ハーリー、エイサーなど、沖縄文化と関わる番組やイベントを数多く手がけてきました。

 

「沖縄の放送局として、沖縄を伝えていく、残していくというのは使命だと思っています」

 

新垣さんはそう話します。

 

ただ、ここでも「守らなければならない」という重さより、沖縄テレビの日常の中に、ごく自然にその感覚があるように聞こえました。

 

番組をつくる。

イベントを開く。

かるたをつくる。

 

方法は違っても、その根っこにあるのは同じです。

この島にあるものを、ちゃんと次へ渡していくこと。

昔ながらの赤瓦の家に暮らしていなくても。

三世代が同じ家に住んでいなくても。

マンションのリビングでも、沖縄の文化は受け継ぐことができます。

 

大切なのは、住まいの形ではなく、その家の中に何を残していくか、なのかもしれません。

家族団らんの中に、うちなーぐちがあればいい

 

 

最後に、これから「うちなーぐちかるた」で遊ぶ人たちへ伝えたいことを伺いました。

上間さん自身も、うちなーぐちについては、

 

「聞くことはできるけれど、なかなか話すことはできない」

 

といいます。だからこそ、無理に「覚えよう」としなくてもいい。

 

「遊びながら、楽しい時間の中にうちなーぐちがあるといいなと思うんです」

 

そして新垣さんも、

 

「お盆やお正月なんかに、家族みんなで遊んでもらえたら。おじいちゃん、おばあちゃんから孫へ、ことばがつながっていくようなことがあれば美しいですよね」

 

と話してくれました。

 

テレビもスマートフォンもない時代から続いてきた、かるたという遊び。

札を取ろうとして身を乗り出したり。誰が早かったかで笑ったり。

知らないことばを、おばぁに尋ねてみたり。

 

そこには、デジタルとは少し違う、家族との距離があります。

うちなーぐちを「勉強」だと思うと、少し遠い。

 

けれど、遊びだと思えば、今日からでも始められます。

食事が終わったあとのダイニングテーブルに、かるたを広げてみる。

 

「これ、どういう意味?」

 

その一言から、おじぃやおばぁの昔話が始まるかもしれません。

 

沖縄で新しく暮らし始めた人なら、知らないことばをひとつ覚えるだけでも、この島との距離が少し近くなるかもしれません。

 

ことばは、辞書の中に残るだけでは、生き続けません。誰かが口にして、誰かが聞いて、笑ったり、話したりしながら、暮らしの中にあることで続いていくもの。

 

家族団らんの真ん中に、うちなーぐちがある。

 

それくらいの自然さが、きっといいのでしょう。

 

毎年9月18日は「しまくとぅばの日」。

今年は、まずはひとつ、好きなうちなーぐちを家族で探してみる。

そんな夜があっても、いいかもしれませんね。

 

取材・文/新垣 隆磨

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