「おかえり」を準備する。嫁いで知った、沖縄の旧盆に込められた「家族への思いやり」

旧暦の七月。旧盆の季節が近づくと、地域の公民館では先祖を迎えるエイサーの練習が始まり、沖縄のスーパーや市場には、いつもとは少し違う品々が並び始めます。

 

サトウキビ、ソーローメーシ、ウチカビ、お供え用のお菓子や果物。見慣れているようで、いざ自分が準備をする立場になると、その意味や使い方が分からないものも少なくありません。

 

「ウンケー、ナカヌヒー、ウークイには、それぞれ何をするの?」

「料理は、全部手作りしないといけない?」

「結婚して初めて相手の家の旧盆に参加するけれど、何から聞けばいい?」

 

そんな疑問を抱えている方も多いのではないでしょうか。

 

今回お話を伺ったのは、結婚して約40年、嫁ぎ先の旧盆を担ってきた伊敷安子さんと、約10年前に同じ家へ嫁ぎ、安子さんから少しずつ旧盆の習慣を受け継いでいる、ありささん。昔ながらの決まりをただ守るのではなく、その一つひとつに込められた意味を知ると、旧盆の風景は少し違って見えてきます。

 

帰ってくるご先祖を迎え、食事を用意し、家族でにぎやかに過ごし、感謝を込めて送り出す。伊敷家の旧盆には、今を生きる家族と、その命をつないでくれた人たちが、同じ家で過ごす三日間がありました。

この方にお話しを伺いました!

 

 

伊敷 安子さん (左)

結婚を機に現在の家へ嫁ぎ、約40年にわたって旧盆をはじめとする家庭の年中行事を担ってきた。旧暦の1日、15日のお供えや、地域に受け継がれてきた行事も大切に続けている。

 伊敷 ありささん (右)

約10年前に伊敷家へ嫁ぎ、安子さんとともに旧盆の準備を行う。台湾にルーツを持つ家庭で育ち、旧暦には親しみがあったものの、沖縄独自の行事や習慣は結婚後に学んだ。アクセサリー制作を本業としながら、沖縄をテーマにしたファッションショーにも取り組み、先人たちが残してきた文化や思いを表現している。

 

同じ家へ嫁いだ「嫁同士」でもある二人。取材中、ありささんが安子さんを「お母さん」と呼び、安子さんが穏やかに言葉を添える姿からは、長い時間をかけて育まれてきた信頼が感じられました。

旧盆の始まりは、ウンケーの一週間前から

 

 

沖縄の旧盆というと、ウンケー、ナカヌヒー、ウークイの三日間を思い浮かべます。しかし、伊敷家では、その一週間ほど前から準備が始まります。

 

「だいたい、お盆の一週間前くらいからです。売り切れてしまうものもあるので、少しずつ買っておきます。旬のものは直前に買いますが、それ以外は早めにそろえます」

 

そう話す安子さん。

 

旧暦7月7日の七夕には、お墓を訪れます。沖縄の七夕は、ご先祖に「もうすぐお盆ですよ」と知らせ、お迎えする準備を始める日でもあるそうです。

 

「七夕には、お墓へ行って『もうすぐお盆ですよ。いらっしゃってくださいね』とお伝えします。その前の日曜日には、みんなでお墓を掃除することもあります」

 

ありささんが嫁いだ地域には、同じ一門の人々が入る大きなお墓があり、親族が集まって掃除をします。

 

那覇で育ったありささんにとって、一族や地域のつながりが色濃く残る旧盆の風景は、とても新鮮なものでした。

 

「那覇では家族ごとのお墓を見ることが多かったので、こちらに来て驚きました。みんなでお墓を掃除して、ご先祖を迎える準備をする。地域や家系によって、こんなに違うんだと思いました」

 

旧盆は、ウンケーの日に突然始まるわけではありません。

 

家を整え、必要なものをそろえ、お墓へ知らせに行く。

目には見えないご先祖を迎えるために、家族の心を少しずつ整えていく時間から、

すでに旧盆は始まっているのです。

サトウキビにも葉っぱにも、迎えるための意味がある

 

 

旧盆前の店頭には、普段の買い物ではあまり目にしないものが並びます。

 

伊敷家で用意するものの一つが、ソーローメーシと呼ばれる植物です。メドハギの葉を束ねたもので、ご先祖が家へ入る前に足を払うためのものとして、仏壇の前に置いているそうです。

 

「昔は皆が靴を履いているわけじゃなかったから、お墓から帰ってくる途中で、足が汚れているかもしれない。家に入るとき、ソーローメーシで足をきれいにしてもらう、という意味があるそうなんです」

 

その隣に置かれるサトウキビは、ご先祖の杖。

 

遠いあの世から帰ってくる年配のご先祖もいるため、道中で使ってもらうのだと教えてくれました。

 

「見えるわけではないけれど、お年寄りもいらっしゃるかもしれないから、杖を用意するんです。一つひとつに、ちゃんと意味があるんですよ」

 

ありささんは、沖縄の旧盆に触れてから、その心配りに何度も驚かされたと言います。

 

「本当に、ご先祖がここへ帰ってくることを前提に準備するんです。形だけではなくて、実際にお迎えするように振る舞う。その感覚が、私にはすごく新鮮でした」

 

サトウキビは飾りではなく杖になり、葉っぱは足元の汚れを払う道具になる。

 

使われるものの意味を知ると、旧盆は難しいしきたりの集まりではなく、長い道のりを帰ってくる家族を思いやる行事なのだと分かります。

ウンケー、ナカヌヒー、ウークイ。伊敷家の三日間

 

 

旧盆初日のウンケーは、ご先祖を家へ迎える日です。

 

伊敷家ではウンケージューシーを用意し、まずは家族で静かにご先祖を迎えます。親族が大勢集まるのは、最後のウークイの日。ウンケーは、その家で暮らす家族を中心に過ごします。

 

「ウンケーの日は、家族だけでお迎えします。ご先祖が帰ってきて、ここから三日間を一緒に過ごすんです」

 

二日目のナカヌヒーには、朝、昼、晩の食事を用意します。

 

ご先祖が生前に好きだった料理や、昔から家庭で食べられてきたものを供え、食事の合間にはおやつも準備します。

 

「朝、昼、晩と手作りして、おやつも用意します。自分たちが食べたいものではなくて、ご先祖が好きだったものをね。終わったあとはみんなで食べるから、今の人が好きなものをお供えすることもあるようだけどね(笑)」

 

近年では、食べる人が好きなものを供え、手を合わせた後にいただく家庭もあるそうです。もちろん、それも一つの迎え方です。

 

ただ、伊敷家では「今を生きる自分たちが食べたいもの」より、「帰ってきたご先祖が喜ぶもの」を大切にしています。

 

そして最終日のウークイ。

 

この日は、親戚が次々と家を訪れます。小さな子どもから孫世代まで、集まる人数は30人ほど。部屋には長いテーブルが並び、料理やお酒を囲みながら、にぎやかな時間が流れます。

 

昔ながらの沖縄の家には、一番座、二番座と呼ばれる空間があり、男性と女性の座る場所も自然に分かれていたそうです。

 

「男性は向こうでお酒を飲んで、女性は台所に近いこちら側。誰かが決めるわけではないのに、自然と座る場所が決まっていました」

 

ありささんにとっては、それも初めて出会う沖縄の風景でした。

 

ただし、共働きが当たり前になった今、過ごし方も少しずつ変わっています。仕事を終えてから集まる人もいれば、夫婦で台所に立つ家庭もあります。

 

守られてきた形のなかに、今の暮らしを無理なく重ねていく。それもまた、行事を次へつなぐために必要な変化なのかもしれません。

30人が集まる台所。手作りを続ける理由

 

 

30人分の料理を準備すると聞くと、それだけで気が遠くなりそうです。

 

沖縄では、旧盆用の重箱料理やオードブルをスーパーなどで購入することもできます。しかし、伊敷家では多くの料理を今も手作りしています。

 

その理由を尋ねると、意外にも、とても暮らしに根差した答えが返ってきました。

 

「人数が多いから、買うほうが大変なんです。量が足りないし、お金もかかるでしょう。それなら作ったほうがいいんです」

 

残った料理も無駄にはしません。

 

お供えしたものや余った食材は、翌日に煮付けなどの別の料理へ姿を変え、家族みんなでいただきます。

 

「お供えしたものを、そのまま捨てたらもったいないでしょう。煮付けにして、また新しい料理にして食べます」

 

手作りにこだわるというより、集まる人数や家族の暮らしに合わせてきた結果、手作りがいちばん合っていたのです。

 

伊敷家では、ムーチーの季節になると100個から120個ほどを作ることもあります。月桃の葉を採り、きれいに洗い、家族で準備を進めます。

 

「お店みたいですよ。本当に、餅屋さんができるくらい」

 

ありささんが笑うと、安子さんも隣でほほ笑みます。

 

一人で抱えれば大仕事です。しかし、家族が集まり、手を動かし、途中で交わされる会話まで含めて考えると、その時間自体が家族の記憶になっていくのでしょう。

 

料理を受け継ぐことは、レシピを覚えることだけではありません。

 

どれくらいの量を作るのか。誰が何を好きだったのか。残ったものを、どう次の食卓へつなぐのか。

 

台所には、暮らしの知恵と家族の歴史が一緒に残されています。

戻る場所のない人にも。ジョーバレーに宿る沖縄の心

 

 

沖縄の旧盆について学ぶなかで、ありささんが特に心を動かされたものがあります。

 

ジョーバレーと呼ばれる、門の外へ供える食事です。

沖縄の言葉で「門払い」という意味があります。

 

ウークイでは、各家庭のご先祖が帰ってきます。しかし世の中には、帰る家がなく、供え物を受け取れない存在もいるかもしれません。

 

そこで、重箱料理やご飯などを少しずつ取り分け、家の外へ供えます。

 

「帰る場所がない人や、何も食べられなかった人に、『これを食べてください』と分けるんです。それを知ったとき、私はすごく感動しました」

 

ありささんは、声を少し弾ませながら続けます。

 

「自分の家のご先祖だけではなくて、戻る場所のない人にまで気持ちを向ける。そこに沖縄の優しさが入っていると思ったんです」

 

沖縄戦を経験したこの島には、家族のもとへ帰ることができなかった人、亡くなって名前もわからなくなった人もいます。

 

ジョーバレーの背景や方法は、地域や家庭によって異なります。それでも、「お腹を空かせたままの人がいないように」と食事を分ける心は、沖縄の歴史と深くつながっているように感じられます。

 

自分たちの家族を大切にしながら、その輪の外側にも目を向ける。

 

旧盆という家族の行事のなかに、知らない誰かへの思いやりが置かれている。その小さなお供えから、沖縄の人々が受け継いできた優しさが見えてきます。

写真とメモが、次の世代への教科書になる

 

 

安子さんが嫁いできた頃、旧盆の準備はおばあさんや、その娘たちが中心になって進めていました。

 

みんなで台所に立ち、手を動かしながら覚えていく。そうして受け継がれてきたものを、今度は安子さんが担うようになりました。

 

「一緒にやってきたから、なんとなく流れが分かるんです。一人でもできるけれど、忘れてしまうこともあります」

 

旧盆だけでなく、伊敷家には旧暦に合わせた行事がいくつもあります。毎月1日と15日には手を合わせ、決められたお供えを用意します。

 

ところが、必要なものも、供える場所も多く、記憶だけを頼りに続けるのは簡単ではありません。

 

そこで今、安子さんが活用しているのが、手書きのメモとスマートフォンの写真です。

 

「前は全部手書きでした。でも最近は、並べ方を写真に撮っています。何月に何をするのか、書いておかないと忘れてしまいますから」

 

ある行事の日、安子さんはお供えに必要な「ミキ」を買い忘れたことに気づきました。

 

沖縄には、古くから人々の暮らしに寄り添ってきた「ミキ」という伝統的な飲み物があります。

 

ミキは米や麦、芋などを発酵させて作る乳酸菌発酵飲料。その歴史は琉球王朝時代までさかのぼり、祭祀や「御願(うがん)」の場では、神様に捧げる神酒として大切にされてきました。とろりとしたおかゆのような口当たりと、素材を生かしたやさしい甘みが特徴で、栄養豊富なことから「神様のミルク」と呼ばれることもあり、現在では沖縄の伝統的な健康飲料としても親しまれています。

 

いつもは買い置きしている「ミキ」が足りない!

 

慌てて近くの店へ電話をすると、残っていたのはわずか2本。必要な場所へ少しずつ供えようと考えていたところ、前回の行事で残していた分を見つけ、さらに別のスーパーでは店員さんが棚の上の在庫を探してくれました。

 

必要な本数をどうにかそろえられたとき、安子さんは「助けてもらった」と感じたそうです。

 

「今回は、本当にご先祖に助けられたと思いました。自分のできることを一生懸命やっていたら、助けてくれるんだなって」

 

撮っておいた写真も、書き残したメモも、単なる忘れ物防止ではありません。

 

次に担う人が迷ったとき、「まずはここから」と始めるための、小さな教科書になります。

 

口伝えだけだった習慣を、写真や文字で残す。それは昔ながらの行事を現代の道具で守る、新しい受け継ぎ方です。

「女性だけの仕事」にしない、これからの旧盆

 

 

沖縄の旧盆というと、女性たちが台所に立ち、男性たちは座敷で親戚を迎える。そんな風景を思い浮かべる人もいるかもしれません。

 

安子さんの世代にも、「男性は仕事、女性は家庭」という価値観が強くありました。

 

しかし、ありささんは、自分が受け継ぐときには夫にも一緒に関わってほしいと考えています。

 

「私は、お母さんと同じようにはできません。だからこそ、旦那も巻き込んで、一緒に協力できたらと思っています。今は夫婦で共働きの家庭が多いですし、女性だけで続けるのは難しいですよね」

 

大切にしてきたものを残したい。

 

けれど、昔と同じ負担を、そのまま次の世代へ渡すわけにはいかない。

 

ありささんの言葉には、伝統を終わらせないためにこそ、担い方を変えていきたいという思いがあります。

 

そんなありささんの考えを、安子さんも理解してくれているそうです。

 

「お母さんは、自分がそういう時代を生きてきたのに、今の私たちのことを理解してくれます。『二人で協力しなさい』と言ってくれるんです」

 

二人は、血のつながった親子ではありません。同じ家に嫁いできた「嫁同士」だからこそ、分かり合える気持ちがあります。

 

時には、安子さんが実の息子であるありささんの夫への愚痴を聞くこともあるのだとか。

 

「嫁としての気持ちが分かるから」と安子さん。

 

その言葉に、ありささんも楽しそうに笑います。

 

伝統は、厳しく教えるだけでは続きません。

 

できないことを責めず、その時代の暮らしを理解し、どうすれば一緒に続けられるかを考える。

 

伊敷家では、旧盆の料理や作法とともに、次の人を思いやる姿勢も受け継がれています。

仏壇がなくても、できる範囲で手を合わせる

 

 

マンションやアパートで暮らす人が増え、親族が一堂に集まれる広い家や、仏壇のある住まいを持たない家庭も珍しくなくなりました。

 

筆者自身も以前、広くはない賃貸住宅へ20人ほどが集まる旧盆を経験したことがあります。

人が集まるとエアコンも効かないし、扇風機を回しても暑い。入りきれない人は外の駐車場に出て過ごしたこともありました。

 

大切なのは、一軒家と同じように行うことではありません。

 

親族が集まる場所があるなら、そこで一緒に手を合わせる。自宅で迎えるなら、家族の人数や住まいの広さに合わせて、できる形を考える。

 

伊敷家の方法をそのまま再現する必要はありません。旧盆の習慣は、同じ沖縄県内でも地域や家系によって異なるからです。

 

「那覇には那覇のやり方があるかもしれないし、地域によって違います。分からないなら、その地域のことに詳しい方へ聞くのが一番だと思います」

 

身近な親族に聞けない場合は、地域の公民館や、昔からその土地で暮らしている方に尋ねる方法もあります。

 

ただし、教える側から一方的に「こうしなさい」と押しつけるのではなく、受け継ぎたい人が自分から尋ねることも大切だと安子さんは言います。

 

「聞いてくれたら教えます。でも、こちらから無理に『こうしなさい』と言うものでもないと思います。続けてくれる方々の気持ちも尊重しないと」

 

古くからの習慣に敬意を払いながら、自分たちの住まいと暮らしに合った方法を見つける。

 

それは伝統を簡略化することではなく、これからも続けられる形へ整えていくことなのかもしれません。

大切なのは、正しく行うことより「ありがとう」の気持ち

 

 

旧盆の準備には、たくさんのものが必要です。

 

いつ、何を買うのか。どこへ、どのように供えるのか。慣れていなければ、分からないことばかりでしょう。

 

けれど、伊敷家の二人が繰り返し話してくれたのは、手順の正しさよりも、その奥にある気持ちでした。

 

「ご先祖がいたから、今の自分たちがいるんです。だから、とにかく『ありがとう』という気持ちです」

 

安子さんは、これまで家族が大きな災いなく暮らしてこられたことへの感謝を込めて、行事を続けてきました。そして、これからの子どもや孫たちも守ってほしいと願い、手を合わせます。

 

ありささんも、嫁ぐ前は、ご先祖についてここまで深く考えることはなかったと言います。

 

「こちらへ来て、お母さんにいろいろ教えてもらいました。ご先祖がいたから自分たちがいる。これだけ大切にしてもらえたら、ご先祖も幸せだろうなと思ったんです」

 

いつか自分たちも、ご先祖と呼ばれる側になります。

 

そのとき、帰る場所があり、食事を用意してくれる人がいて、「おかえり」と迎えてもらえたら、きっと寂しくありません。

 

すべてを手作りできなくてもいい。昔と同じ数のお供えを並べなくてもいい。分からないことがあれば、その家や地域の先輩に尋ねながら、自分にできることから始めればいい。

 

「できなかったら、できなかったなりの精いっぱいでいいと思います。自分の気持ちがこもっていれば、やらないより、できることをやったほうがいい。自分のベストを尽くすことが大事です」

 

窓の向こうで夏の日差しが傾き始めるころ、二人の話から見えてきたのは、難しいしきたりではなく、長い家族の物語でした。

 

ご先祖を迎えることは、自分がどこから来たのかを思い出すこと。

 

そして、今そばにいる家族と一緒に、これから先の暮らしを考えること。

 

今年の旧盆は、まず一つ、家族に聞いてみるのもいいかもしれません。

 

「うちでは、どんなふうにご先祖を迎えてきたの?」

 

そこから始まる会話もきっと、次の世代へ手渡される大切なお供えの一つになるはずです。

 

 

 

 

取材・文/新垣 隆磨

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