暮らしの中に「生に近い音」を。知名オーディオが教えてくれた、沖縄マンションで“音を味わう日常”のススメ
那覇・壺屋にショールームを構える〈知名オーディオ〉は、ただの“機械”としてのスピーカーではなく、部屋の空気そのものを震わせ、家族の会話や余白の時間を豊かにする「暮らしの道具」としての音を提案してきました。創業50年の歩み、生音へのこだわり、そしてマンションでも心地よく楽しめる設置のコツまで──代表取締役の知名 亜美子さんにうかがいました。

知名 亜美子さん
知名オーディオ 代表取締役
那覇市壺屋のショールームを拠点に、独自特許設計のフルレンジ・スピーカーを企画製造。上向き配置・低電力駆動・ハンダレス(溶接直結)など、常識にとらわれない設計思想で「部屋全体を包むような生音体験」を目指す。
知名御多出横(ちなオーディオ)
https://tina.audio.co.jp/
インスタグラム|tinaaudio
https://www.instagram.com/tinaaudio/
物語のはじまり──「結婚祝いのスピーカー」から受け継いだ灯り
「実は〈知名オーディオ〉との最初の出会いは“結婚祝いのスピーカー”だったんです」。知名さんは、そう穏やかに笑います。
伊勢で暮らしていた頃、創業者のいとこにあたる男性とご縁がありご結婚。
元々されていたデザインの仕事の延長線で知名オーディオのお手伝いをすることに。
最初は手書きの説明書をデザインし直してFAXで送ったり、少しずつ制作物を手伝うところから関わりが深まりました。
やがて那覇へ転居。経理や仕入れ、製品説明まで“会社の中身”に寄り添ううち、自然とバトンを受け取る流れに。
「自分から手を挙げたというより、素晴らしい作り手たちを支えたい気持ちが強くなり、気づけば前に立っていた感覚です」。
知名家には、職人・ギタリスト・料理人など“つくる人”が多い。「私はいちばんのファンだから、才能を支えたい」。
その言葉に、このブランドを現在形にする覚悟が滲みます。
50年の軌跡──“生音の再現”というゴールに向かって

創業者である知名 宏師は、少年期から鉱石ラジオや真空管アンプを自作し、戦後は米兵向けの販売・修理を経てオリジナル製品へ。
黎明期から一貫して見つめてきた理想は“生音の再現”。沖縄はジャズやロックの生演奏に触れる機会が多く、バーやライブ文化も身近でした。
「いい音を聴きなさい。生の音を知りなさい」という先代の教えは、今もブランドの芯になっています。
その理想をかたちにしたのが、現在のフルレンジ・スピーカー。
複数ユニットで帯域を分ける一般的設計とは逆行し、「一本で高域から低域まで素直に鳴らす」という挑戦を続け、到達した“完成形”です。
形は機能から生まれる──部屋全体を包む、唯一無二の設計
フルレンジ × パイプオルガン発想
長尺の筐体は、低音を“長さ”で伸ばすパイプオルガンの理屈から。細身で洗練された佇まいは、音の追求が生んだミニマルなデザイン。
上向きレイアウト
一般的な前向き放射ではなく“上に開く”。これにより聴く位置を選ばず、部屋中に柔らかく音が広がり、対話の邪魔をしない自然なBGMにもなる。
ハンダレス構造 × 低電力
導線同士を溶接で直結し、異種金属(ハンダ)を介さないシームレス構造に。ロスが少なく、わずか10Wクラスでもクリアな表現が可能。「身体を包むような、空間が鳴る感覚」をめざした設計思想は、オーディオの“常識”を軽やかに裏切ります。
沖縄の風土が、音を育てる──“肌で感じる”文化と日常

海鳴り、風、虫の声。沖縄の暮らしは、豊かな環境音に彩られています。
さらに、生演奏文化が息づく土地柄もあいまって、「生に近い音」への憧れが自然に根づいている。
「昔の人は“生演奏を背に食事をしていた”と聞きます。でも、毎日それは難しい。だからこそ、家であの没入感を補う道具が必要なんです」。
知名さんの言葉は、音楽が“嗜好品”ではなく“生活必需品”であることを思い出させます。
マンションでの楽しみ方──“角”と“壁”を味方に
マンション暮らしでまず気になるのは音漏れ。でも心配は最小限でOK。
低振動・低誇張 サブウーファーで“ドンドン”と誇張する設計ではなく、省電力で振動も小さいため、扉を閉じれば漏れにくい。仮に漏れても“音楽として遠くで鳴っている”程度に収まりやすいのが特徴。
設置は“角置き”が基本 音は空気の振動。壁や天井で反射をつくるほど、音場は前へふくらみます。テレビと並べて左右に角寄せすると、画面手前に“ステージ”が現れ、映画もライブも臨場感が一段アップ。
小さな余白を、音で満たす 朝の支度や掃除、料理中でも、家のどこにいても自然に聴こえる。YouTubeの自然音、海辺や森の映像と合わせれば、ベランダの風と響き合い、忙しい日常に“深呼吸のポケット”が生まれます。
「耳だけで聴く音には限界があるんですよ。動物の本能と同じように、肌で感じる音がある。だから空間そのものを音にすると、生に近くなるんです。まずはその感覚を体感しに来てほしいです」(知名さん)
はじめての“音のある暮らし”ガイド
STEP1:小さく、毎日流す
テレビ・ラジオ・配信。まずは普段の音を“いい音”で。部屋の空気がガラリと変わるのを感じられます。
STEP2:お気に入りの一枚を決める
よく聴くアルバムやプレイリストを“基準”に。帰宅後の最初の一曲は、心をオフに切り替えるスイッチに。
STEP3:映像と組み合わせる
ライブ映像や映画、海・森の環境映像は相性抜群。家にいながら“現地”の温度まで感じられるはず。
STEP4:置き方を調整する
角置き→壁寄せ→高さ微調整の順で。5cm動かすだけで音場が変わります。
STEP5:暮らしに“戻る”
オーディオは目的ではなく、暮らしを整える手段。会話が弾む、眠りが深くなる、読書が進む──あなたの余白が増えたら、それが正解です。
「生に近い音」のある暮らし──“好き”で満たす家に
沖縄の生音文化が育んだ“空間を鳴らす”発想。フルレンジ×上向き×ハンダレスという独創の設計は、マンションでも生きる実用の美学でした。角に置き、壁を使い、音で余白をつくる。忙しい日こそ、家の空気をやわらかくする一曲を。
筆者もお気に入りの曲をその場で聴かせてもらい、その空間が一瞬にして別の場所になったような感覚になりました。解像度が高すぎる「正確な音」ではなく、自然に耳に届き、優しさすら感じる「生に近い音」は、耳だけでなく心にまで響くようでした。
「生に近い音をかけるだけで、家は少しやさしくなります。大げさな設備はいりません。角に一本置いて、小さく流すだけで、毎日が豊かになる。その体験を、壺屋のショールームでぜひ確かめてください」。知名オーディオは、今日も“優しい音のする部屋づくり”を続けています。
取材・文/新垣 隆磨