27年間で6回、お金が変わった島。沖縄の”暮らしの歴史”をたどる
「なんで沖縄の牛乳パックって、946mlなんだろう?」
スーパーに行けば当たり前に並んでいるし、子どもの頃から見慣れている、あのサイズ。でも考えてみると、なぜ1000mlでも900mlでもなく、946mlなのかを、ちゃんと考えたことはありませんでした。
その答えが、南風原町にある沖縄県公文書館の企画展「沖縄のお金」を訪れると、あっさりと出てきました。
案内してくれたのは、公文書専門員(認証アーキビスト)の西山絵里子さん。展示を見ながらお話を聞いていると、気づけばそれは”お金の歴史”というより、”沖縄の暮らしの記憶”をたどる時間になっていました。

西山 絵里子 さん 沖縄県公文書館 公文書専門員(認証アーキビスト)
福岡県出身。沖縄の歴史、そしてその背景にある”人々の暮らし”に惹かれ、沖縄へ移住。現在は沖縄県公文書館にて、米国統治時代や現在の沖縄県を中心とした資料の収集・展示企画・解説などを担当している。現在開催中の企画展「沖縄のお金」も、西山さんが企画した展示。「歴史を”知識”ではなく、”暮らし”として感じてもらいたい」
沖縄では、27年間で”6回”お金が変わった

展示室に足を踏み入れると、ガラスケースの中にB円、米ドル、日本円が並んでいます。並べてみると、それぞれのデザインの違いがよくわかる。でも、その違い以上に驚かされたのが、西山さんの最初の一言でした。
「沖縄では、戦争が終わってから本土復帰までの27年間で、法定通貨が6回変わっているんです」
——6回。
今の私たちにとって、円を使うことはあまりにも当たり前のことです。財布を開けば当然そこにある。でも当時の沖縄では、その”当たり前”が何度も塗り替えられていた。
戦後すぐは、お金そのものがない状態からのスタートでした。物々交換や配給で日々をつなぎ、その後B円、米ドルへと移り変わり、1972年の本土復帰でようやく日本円へ。
「お金が変わるって、実は”暮らしのルール”が変わることなんですよね」
その言葉を聞きながら展示を見ていると、陳列されたお札ひとつひとつが、単なるコレクションではなく、誰かの日常の道具だったのだと、じわりと感じられてきます。
「お金がない」から始まった戦後の沖縄

沖縄戦ののち、米軍は金融機関を閉鎖し、金銭取引そのものを停止しました。人々はまず、”お金がない状態”から暮らしを立て直すことを迫られます。
収容所での配給。物々交換。そして、闇市。
今も那覇の中心部で親しまれている農連市場のルーツも、実は戦後の闇市から始まっているのだそうです。
「暮らしを続けるために、人が集まって、物を交換していたんです」
展示に並ぶ写真を見ていると、”歴史的事実”というより、”生活の温度”が伝わってくるような感覚があります。何もないところから、それでも日々を続けていく人たちの姿。その力強さは、写真越しにも確かに伝わってきます。
牛乳パックの946mlにも、沖縄の歴史がある

今回の展示で、特に印象に残った話があります。それが、”単位”の話でした。
復帰前の沖縄は、アメリカ統治下に置かれていたこともあり、お金だけでなく、長さや量の単位もアメリカ式でした。布屋さんでは「ヤード」で生地を測り、牛乳は「ガロン」で売られていた。
そして今も、沖縄のスーパーに残っているのが946mlの牛乳パックです。
「これは、4分の1ガロンをリットルに換算した名残なんです」
そう言われた瞬間、頭の中でカチッとはまる音がしました。なんとなく見慣れていたあのサイズが、実は半世紀以上前の”アメリカ時代”を今も静かに伝えていた。
「普段見慣れているものにも、沖縄の歴史が残ってるんですよ」
西山さんがそう話しながら少し笑った顔が、印象的でした。歴史は、博物館の中だけにあるわけではないのだと、改めて感じます。
「今のうちに買っておこう」復帰前の人々
1971年、ニクソン・ショックによって、ドルの価値が急落し始めます。
「円に変わったら、今持っているドルの価値が下がってしまう」——そんな不安が広がった結果、人々は生活用品や食料を買い込むようになり、沖縄では急激な物価の高騰が起こったそうです。
「今の物価高や円安の感覚と、すごく似ていると思いませんか」
西山さんのその一言に、思わず今の自分の暮らしが重なりました。通貨も時代も違う。でも、”自分の生活を守りたい”という感覚は、50年前も、今も、根っこのところでは変わっていないのかもしれません。
当時のニュースや資料を見ながら、どこか人ごとではない気持ちで展示室を歩いていました。
ドルで家を建てた人は得をした?

「ドルのうちに家を建てた人は得をした、という話もあるんですよ」
西山さんがそう話してくれたとき、少しだけ笑いが起きました。でも、どこか笑えない話でもあります。
復帰によってドルから円へ切り替わったことで、住宅価格や資産の感覚も大きく変化しました。”今のうちに買っておこう”という空気は、生活用品だけでなく、住まいにまで広がっていたそうです。
今の沖縄でも、マンション価格や建築資材の高騰が続いています。何十年も前の話のようで、”住まいとお金”について考える感覚は、実は時代を超えてずっと続いているテーマなのだと、改めて気づかされます。
ちなみに、展示室前にいらっしゃる警備員さんも、当時を知る”生き証人”のひとり。「1ドルあれば結構遊べたよ」「当時の給料はこれくらいでね」——そんなふうに、当時のレート感覚や暮らしぶりを聞けることもあるそうです。
展示資料だけではわからない、”生活していた人の感覚”。それを聞けるのも、この展示の面白さかもしれません。
歴史の展示を見ているはずが、いつの間にか今の暮らしのことを考えている——それが、この企画展の不思議な引力です。
“知る”だけで、いつもの景色が変わる

展示には、当時の紙幣だけでなく、商店街の写真や銀行の資料なども並んでいます。
展示室を歩いていると、ふいに「これ、懐かしいねぇ」という声が聞こえてきました。当時を知っている世代にとっては”記憶”で、知らない世代にとっては”発見”。同じ展示でも、見る人によって受け取るものはきっと違う。それでも、どこかで心が動く瞬間は、誰にでもあるはずです。
展示を見終えたら、ぜひ2階の閲覧室にも立ち寄ってみてください。ここでは、公文書館が所蔵する資料を誰でも自由に閲覧できます(資料に関するご相談や閲覧は予約優先制)。さらに、1億円分の札束レプリカを実際に持てる体験コーナーまであります。
「公文書館って、もっと堅い場所だと思っていました」——そんな第一印象を持って来た人ほど、ちょっと良い意味で裏切られる場所かもしれません。
歴史は、暮らしの中に残っている
「なんで沖縄はこうなんだろう?」
そんな疑問の答えがわかった瞬間、いつもの景色が少し違って見える。公文書館の企画展は、そういう体験をくれる場所でした。
展示を見るだけでも十分に面白いのですが、事前に連絡をすれば、西山さんによる展示解説をお願いすることもできるそうです。丁寧に話を聞きながら回ると、展示に書かれていない”裏側のストーリー”まで見えてきます。今回の取材で、まさにそれを体験しました。
沖縄の暮らしを、ちょっと違う角度から眺めてみたい人へ。
牛乳パックの謎の答えを探しに行くつもりで、ぜひ足を運んでみてください。
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沖縄県公文書館
沖縄県島尻郡南風原町新川148-3
企画展「沖縄のお金」開催中(2026年9月27日まで)
開館時間:9:00〜17:00
休館日:月曜・祝日・慰霊の日
HP:https://www.archives.pref.okinawa.jp/
TEL:098-888-3875
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取材・文/新垣 隆磨