「泡盛苦手」は、まだ出会ってないだけ──女王が伝えたい、毎日を彩る一杯の見つけ方
「泡盛って度数がきつくて苦手」「罰ゲームみたいで…」そんな声を聞くたびに、泡盛女王の二人は「それは、まだ自分に合う泡盛に出会ってないだけ」と笑顔で答えます。自衛隊から行政書士・イラストレーターへ転身した宮下智美さん、オリオンビールのキャンペーンガールから北谷町観光大使を経て泡盛女王となった稲嶺真理菜さん。異なる背景を持つ二人が半年間の活動で見つけたのは、泡盛が持つ多様な楽しみ方と、忙しい日常に寄り添う「自分時間」としての一杯でした。キッチンで、友人と、そして平和の象徴としての古酒まで。泡盛文化の奥深さと、毎日を彩る飲み方のヒントをお届けします。

右:宮下智美さん
左:稲嶺真理菜さん
第39代泡盛女王
右:宮下智美さん 行政書士、イラストレーター
20歳で自衛隊に入隊し、茨城で約12年勤務。4人の子育てと両立しながら、コロナ禍で行政書士資格を取得。沖縄に転勤後、新しい働き方を模索して退職し、行政書士事務所を開業。イラストレーターとしても活動し、バーでの勤務を通じて人脈を広げる中で泡盛女王に応募。子育てをしながら多彩なキャリアを築いている。
左:稲嶺真理菜さん
北谷町出身。高校時代の交換留学、アメリカでの大学生活を経て帰国。大学在学中にオリオンビールのキャンペーンガールに選ばれる。その後、コワーキングスペースの店長を経てベーグル作りに没頭し、商工会との繋がりから北谷町観光大使に。3年の任期を終えるタイミングで泡盛女王に応募し、現在に至る。
自衛隊からイラストレーターへ、オリオンから泡盛へ──それぞれの道のり
二人の泡盛女王は、まったく異なる背景を持っています。
宮下さんは、20歳で自衛隊に入隊し、茨城で約12年間勤務。4人の子育てをしながら働く中で、ライフスタイルとの両立が難しくなってきたといいます。
「自衛隊時代、コロナ禍で時間に余裕ができた時に行政書士の資格を取得したんです。沖縄に転勤できたのをきっかけに、新しい働き方にチャレンジしようと思って退職し、行政書士事務所を開業しました」
行政書士として独立した宮下さんですが、イラストレーターとしての顔も持っています。
「自衛隊では、絵が描けるということで色々なデザイン関係の仕事を任されていたんです。それが趣味の延長から、知り合いの似顔絵を描くようになって。独立してから、そちらの仕事も少しずつ入るようになりました」
一方、稲嶺さんは北谷町出身。高校時代に交換留学を経験し、アメリカの大学に進学しました。
「大学在学中、夏休みに帰ってきた時にオリオンビールのキャンペーンガール募集を見たんです。当時は円安で、アメリカでバイトしてもあまり稼げなくて。賞金30万円に惹かれて応募したら、合格して(笑)」
大学卒業後は就職活動で外資系のCAを目指していましたが、うまくいかず方向転換。コワーキングスペースでのアルバイトから正社員になり、その日に店長に抜擢されるという経験も。
「コロナ禍をきっかけに退職して、ベーグル作りにハマっていたら、それが売れるようになって。そこから商工会との繋がりができて、北谷町の観光大使になりました。3年の任期を終えるタイミングで、泡盛女王に応募したんです」
「一番タフです」──泡盛女王の知られざる活動実態
華やかに見える泡盛女王の仕事ですが、実際は想像以上にハードだといいます。
「正直、一番タフです」と稲嶺さんは笑います。「県外出張も多いですし、コスチュームを着ている時は実は泡盛を飲めないんですよ。想像していた部分とは違う面もあります」
泡盛女王は3人いますが、3人揃っての公務は年に数回程度。ほとんどが単独での活動になるそうです。
「私が東京にいる時に、もう一人は北海道、もう一人は沖縄でみたいな感じで公務がバラバラなんです。だから年に数回しか全員では会えないですね」
さらに、活動内容も毎回異なるため、その場での対応力が求められます。
「打ち合わせでは挨拶だけと聞いていたのに、当日に『5分スピーチお願いします』とか。30分泡盛のスライドを見ながら話してくださいって、スライドもその日初めて見るみたいなこともありました(笑)」
宮下さんも頷きます。「バスガイドのようなこともしますよ。酒蔵を案内したり。毎回違うから、応用力が鍛えられます」
それでも、今まで知らなかった泡盛や沖縄の文化を深く知るきっかけになっていると、二人は口を揃えます。
「県外の人たちに沖縄や泡盛をアピールできる機会をいただいて、まだまだ勉強不足ですけど、すごく楽しいです」
「ビール党だった私」が泡盛にハマった理由

意外なことに、稲嶺さんは泡盛女王になる前、10年間ビール党だったといいます。
「オリオンビールのキャンペーンガールをしていたので、ずっとビールばかり飲んでいたんです。泡盛も飲めないことはなかったんですけど、特別好きというわけでもなくて」
それが変わったのは、泡盛女王として様々な酒蔵を訪れ、それぞれの歴史やストーリーを知ってからでした。
「みんな、思い出で飲んでるんですよね。これを食べると子どもの頃を思い出すなぁみたいに、この泡盛を飲むとあの時楽しかったなって。ノスタルジーに浸るというか」
稲嶺さんは、今では銘柄ごとに思い出が紐づいているそうです。
「『これはあの人と飲んでいたやつだな』とか、『この炭酸割りはあのイベントで』とか。実際の味プラス、知識とストーリーがあるから、もっと美味しく飲めるようになりました」
一方、宮下さんはもともとお酒が好きだったといいます。
「自衛隊を退職して行政書士として開業。自由になったのもあって、バーで働きたいと思ったんです。お酒が大好きなので。バーで働けば会話も弾むし、お客様に名刺も渡せて営業もできるかなと」
バーでの勤務を通じて人脈を広げる中で、泡盛女王の募集を知り応募したそうです。
キッチンドリンカーという選択──子育て中の「自分時間」
4人の子育てをしながら多忙な日々を送る宮下さん。泡盛を楽しむのは、主に夜、子どもたちを寝かしつけた後だといいます。
「朝から仕事をして、子どもを迎えに行って、ずっと休みなく働いた中で、夕方の料理を作る時間が一番疲れが溜まってるんです。だからそこで気分をリセットしないと、と思って」
宮下さんが選んだのは、「キッチンドリンカー」というスタイルでした。
「料理を作りながら、今日はどの泡盛を飲もうかなって考える時間が楽しみなんです。子どもの前ではあまりお酒を飲まないようにしているので、これは本当に自分だけの気分転換ですね」
泡盛の種類が豊富だからこそ、毎日飽きずに楽しめるのだといいます。
「毎日同じものだと飽きるんですけど、泡盛は銘柄も豊富だし、飲み方も色々ある。今日は本当に疲れすぎてるから、いつもストレートで飲むけど今日はコーヒー割りにしようとか、飲み方を変えるだけでも気分が変わります」
一方、稲嶺さんは友人と飲む時間や、子ども食堂での活動を通じて泡盛を楽しんでいます。
「子ども食堂で豚肉料理を作る時に泡盛を使うんですけど、その準備をしている時間が楽しいんです。唐辛子を漬け込んでる時とか、瞑想感がありますね(笑)」
「泡盛=罰ゲーム」じゃない!飲み比べで見つける”自分の一杯”
「泡盛って度数がきつくて苦手」という声に、二人はこう答えます。
「泡盛が飲めないんじゃなくて、まだ自分に合う泡盛を知らないだけなんです」と稲嶺さん。
「黒霧島は飲めるけど泡盛は無理っていう人、多いんですよ。でも黒霧島も泡盛も黒麹菌を使ってるから、泡盛も飲めるはずなんです。」
観光客の中には、「ジャケ買いで失敗した」という人も少なくないそうです。
「度数が高すぎてアルコール感が強すぎると、味がわからなくなっちゃうんですよね。だから水割りや炭酸割りにすると、味が丁寧に見えてくる。それをお勧めすると、『これなら美味しい』って言ってくれる人が増えてます」
宮下さんも、泡盛の多様性を知ることの大切さを強調します。
「1種類だけ飲んで『泡盛は苦手』って決めつけるのはもったいない。飲み比べて初めて、『こっちの方が飲めるかも』『こっちは本当に美味しい』ってわかるんです。その面白さを知ってほしいですね」
パーシャルショット、炭酸割り、コーヒー割り──飲み方で変わる泡盛の表情
泡盛の楽しみ方は、銘柄を変えるだけではありません。飲み方を工夫することで、まったく違う表情を見せてくれるのです。
宮下さんのお気に入りは「パーシャルショット」。
「度数50度くらいの泡盛を冷凍庫でキンキンに冷やすんです。凍らないでトロっとして、香りも変わって飲みやすくなるんですよ」
この飲み方をSNSに上げたところ、実際に試した人からは好評だったといいます。
「酒蔵の方に聞くと、それぞれの銘柄に合った飲み方を教えてくれるんです。この泡盛は冷やした方が美味しいとか、この銘柄は炭酸割りがいいとか。ファストフードのクラッシュアイスに入れると美味しいって勧められたこともあります(笑)」
稲嶺さんも、飲み方によって印象が変わることを実感しているそうです。
「度数が高いものほど泡が立つんですよ。これが泡盛の名前の由来の一つなんです。カラカラ(酒器)から、ちぶぐゎー(おちょこ)に注ぐと、度数が高いほどプクプクと泡が立って、それがずっと残る。昔は度数が高いものほど高級とされていたので、どれだけ泡が立つかがいい泡盛の見分け方だったんです」
実際に度数の異なる泡盛で実験してみたところ、確かに低い度数のものは泡が立たなかったそうです。
「こういう背景を知るだけでも、飲み方が変わりますよね。ストーリーで美味しくなるんです」
酒蔵見学が教えてくれる「ストーリーで味わう」楽しさ
二人が口を揃えて勧めるのが、酒蔵見学です。
「沖縄に来る時、酒蔵を1軒でも巡ったら必ずファンになって帰ると思います」と稲嶺さん。「自然や海もいいんですけど、歴史あるところを見てほしいですね」
酒蔵では、製造工程を見学できるだけでなく、造り手の想いや銘柄ごとのこだわりを直接聞くことができます。
「タンクだけで貯蔵してるところ、甕で貯蔵してるところ、貯蔵年数が違うとか、酒蔵ごとに全然違うんです。それを見るだけでも面白いですし、作っている人がどんな飲み方が好きかとか、そういう話も広がって楽しいんです」
宮下さんも、酒蔵見学で得た知識が泡盛の楽しみ方を大きく変えたといいます。
「製造工程を見て、『こんなに暑い中で作ってるんだ』とか、『この工程でこの銘柄とあの銘柄が分かれるんだ』とか知ると、味の違いがわかるようになるんです。美味しいというより、楽しいが出てきますね」
さらに稲嶺さんは、歴史的な背景を知ることの大切さも語ります。
「戦争でほとんどの酒蔵が焼けてしまって、黒麹菌も失われてしまったんです。幸運にも残された僅かな胞子から、泡盛づくりを再開することができました。また、戦前に採取されて東京大学に保管されていた別種の黒麹のサンプルを教授の一人が発見し、新しい泡盛づくりにも活かされているなど、ロマンがあるんですよね」
背景を知ることで、一杯の泡盛がより深い意味を持つようになる。それが、「ストーリーで味わう」楽しさなのです。
次世代に伝えたい、古酒(クース)が象徴する平和の文化
泡盛の魅力を語る上で欠かせないのが、古酒(クース)の存在です。
「泡盛の一番の魅力は古酒だと思ってます」と宮下さんは力を込めます。
「3年以上寝かせると古酒になって、味も香りも変わるんです。丸みを帯びて、まろやかになって、バニラみたいな香りがして。今は若い人向けに炭酸割りに合う軽い泡盛を推していますけど、最終的には寝かした泡盛もみんなで楽しめるようになったらいいなと思ってます」
古酒には、沖縄ならではの文化があります。
「昔は子どもが生まれた時にその年の泡盛を買って、20年寝かせて成人式の時にみんなに振る舞うという風習があったんです。今は少なくなってきてますけど、この文化を残していきたいですね」
そして宮下さんは、酒蔵の方から聞いた印象的な言葉を教えてくれました。
「何十年も置いてある泡盛は、平和の象徴なんだそうです。長い間寝かせるには、平和じゃないとできないから。戦争で失われた泡盛も、そういう意味では平和が失われたということなんですよね」
稲嶺さんも頷きます。「戦争で黒麹菌が全部なくなってしまって、どこの蔵にもなくなっちゃった。でもそれをどこかから見つけて、みんなで分けて復活させた。そういう歴史を知りながら飲むと、また違った味わいがあります」
古酒という存在は、単なるお酒ではなく、時間をかけて次に残していく文化そのものなのです。
泡盛を「趣味」にする──自分を満たす大人の楽しみ方
取材の最後に、二人に「読者の方に泡盛をどう楽しんでほしいか」を聞きました。
稲嶺さんはこう答えます。
「泡盛は、一人の時間をもっと満たすものにもなるし、コミュニケーションを広げるものにもなる。自分を満たすものとして使ってほしいです。一番いいのは、飲み比べて自分の好きなものを探すこと。それ自体が趣味になると思うんです」
そして酒蔵見学を強く勧めます。
「酒蔵を1軒でも見たら、必ずファンになります。背景を知ったら、味が変わりますから」
宮下さんは、古酒の文化を次世代に繋げたいという想いを語ります。
「若い人たちには、まず炭酸割りとか軽い泡盛から入ってもらって、最終的には古酒も楽しめるようになってほしい。時間をかけて次に残していく泡盛の文化が、これからも続いていけばいいなと思います」
そして最後に、こう付け加えました。
「何十年も寝かせた泡盛を飲む時、それは平和の中で過ごせた時間を味わってるんだと思うんです。そういうロマンのある飲み方を、みんなで共有できたら素敵ですよね」
「エンターテイメント」として楽しむ、新しい泡盛の世界
「泡盛苦手」という言葉の裏には、まだ自分に合う一杯に出会っていないだけかもしれません。
銘柄による味の違い、飲み方による表情の変化、酒蔵ごとのストーリー、そして時間をかけて熟成する古酒の文化。泡盛には、単なるアルコール飲料を超えた、「エンターテイメント」としての楽しさがあります。
キッチンで料理をしながらの一杯、友人との語らいの中での一杯、そして子どもの成長を祝う特別な一杯。忙しい毎日の中に、自分を満たす「余白の時間」を作る。それが、泡盛女王たちが実践する大人の楽しみ方なのです。
まずは酒蔵見学から始めてみる。炭酸割りから試してみる。そして、自分だけのお気に入りの一杯を見つけてみる。
新しい泡盛との出会いが、あなたの日常に彩りを添えてくれるかもしれません。
取材・文/新垣 隆磨